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一億総フリーランス時代!収入は貰うものから勝ち取るものへ

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今回は下記のニュースを取り上げたい。

働き方改革が生む「超格差社会」の波に乗る自信はあるか(ダイヤモンドオンライン)

現在進行形である働き方改革。なかなか実感が得られない場面も多いかもしれないが、政府の施策としてではなく社会の潮流として捉えた場合、既に高度成長期とは一線を画した状況が現れ始めて久しいように思う。

かつては終身雇用・年功序列を前提として、新卒で入社した時点である程度人生の方向性が見え、よほどレールから外れなければ平均的な幸福を享受できていた。

しかし企業にとっては高齢な窓際社員に高い賃金を払う余裕などはすでになく、多くの現役世代にとって自分で生き方を定めることが求められている。

こういった流れを無視していると、気づいた時には「こんなはずではなかった」ということにもなりかねない。

なんとなく学生時代から刷り込まれてきた労働の感覚はすでに幻想であるといえるだろう。

 

雇用の流動性が高まっている

記事を引用してみよう。

総務省が7月13日に発表した平成29年就業構造基本調査によると、就業者の内、副業を持つ者は約268万人おり、全体の4%にあたる。また、現在就いている仕事を続けながら,他の仕事もしたいと思っている者(追加就業希望者)は約424万人おり、前者と合わせると全体の10.5%にのぼる。遡ることができる2002年までデータを見ると、最高の数字となっている。

この他にも記事中では非正規雇用の増加と、労働者が非正規雇用を選ぶ理由として「都合の良い時間帯に働きたい」というものを挙げている。

非正規雇用の問題は一面的に捉えることはできないにしても、確かにそういった側面もあるだろう。

僕としては単純に転職回数の増加にも触れておきたい。電車に乗れば様々な転職系サービスの広告が目に付く。冒頭でもあったように終身雇用を前提としなくなった今、生涯を特定の一社で過ごすことはもはや稀なのだ。

これらはすべて雇用が流動的になっていることを意味する。そして雇用が流動的になるということは、企業としても優秀な人材を中途採用市場から選び取ることができるようになるわけだ。当然会社のプロパーの人材も社外の人材と比較され「値付け」されることになるだろう。

こうなってくると、社歴が長いことが報酬の多寡に直結しなくなる。自分が転職しようがしなかろうが関係なく、企業に対して価値をより多く提供できないと、いつまでたっても給料は上がらないことになるだろう。

 

従来型組織の限界

さらに記事では従来型の会社員として働くことの非効率に触れている。例として好き嫌いによる人事や無駄な社内会議、満員電車による通勤時間などを挙げている。

視点を変えてみると、これらは須らく会社勤めをする際のストレスに密接に関わっているということに気づくのではないだろうか。

筆者の意見がすべて正しいとは限らないかも知れないが、非合理な慣習などにストレスを抱えることはそのまま合理的な他者に対してのディスアドバンテージになり得るのである。

もちろん自分の一存で全社の組織風土は変えることはできないが、「そういうもの」と無理に自分を納得させて思考停止していると、気づいた時には社会から置いてけぼり、なんてこともないとは言えない。

ちなみにこういった合理性の追求について善悪を論じるつもりはないが、合理性は間違いなく非情なロジックと相性が良いことには留意が必要だ。

「一生懸命がんばっているから」なんていうのは何の役にも立たなくなる可能性を内包している。

 

徹底した市場主義とフリーランス化(自己責任化)

そしてこういった潮流の向かう先には、全員フリーランス化だと記事は言う。

僕も全面的に同意する。雇用形態が変わるという形式的な話ではない。たとえ正社員として組織に参加していても常に内外の人材と比較されて報酬が増えなかったり、場合によっては解雇されるとするならば事実上フリーランスと何も変わらないということだ。

多くの企業が合理化を突き詰めれば、可能な部分は(必要な時だけ力を借りる)アウトソーシングしようとするだろう。そうなれば(形式的な意味でも)フリーランスの需要も高まるはずだ。

 

高度成長期において、人材を囲い込み相応の待遇を保証できていた時代には終身雇用・年功序列はマッチしていた制度だった。そしてそれは多分に情実的な制度でもあったのだ。

しかしこれからは企業にとってもそんなことを言っている余裕は今以上になくなる。そういった局面の中で政府や企業が頼れるロジックは市場の原理と自己責任論である。

 

自分で「生き方」を選び取れ

なにもあなたに「常に意識高くあれ」などと言いたいわけではない。

しかしすでに暗黙の了解として存在した就業観、ひいては人生観のようなものは既に崩壊の一途をたどっていることには常に留意する必要がある。

もはやただ単にいやいや働いているだけでお給料を「もらえる」時代ではなくなりつつある。自分の強みを生かし、価値を認めさせることで報酬を「勝ち取る」必要があるのだ。

自分が感じる望みや違和感には注意を向け続け、自分の頭で考えることを放棄せずに人生を選び続ける姿勢が求められている。

 

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